ぼくはこう思う、みんなはどう?

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【書評】『楠木正成(下)』正成円心尊氏、役者は揃った

本書上下巻ですっかり北方謙三ファンのぼく(ぼくみん (@b0kumin) on Twitter)です。

今回は前回にご紹介した『楠木正成(上)』に続いて『楠木正成(下)』について。

上巻を踏まえてお話しようと思いますので、まだ『楠木正成(上)』の書評をご覧になっていない方はまずそちらからご覧ください。

【書評】『楠木正成(上)』正成と護良親王、運命の出会い - ぼくはこう思う、みんなはどう?

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

  • 作者:北方 謙三
  • 発売日: 2003/06/24
  • メディア: 文庫
 

今回も前半はネタバレなし、途中で区切って後半からネタバレしながら紹介していきます。


後醍醐天皇を良く知りたい思いから読み始めたこの作品ですが、その後醍醐天皇は作品全体を通して暗愚の人として描かれており、なんだか残念な気持ちになってしまいました。苦笑

f:id:hundreds_of_works:20200310165954j:image出典:Wikipedia

しかし著者の北方氏曰く、南北朝時代闇の時代

その混沌とした中でたくましく生きる人々は非常に魅力的に映ったので、これからも北方南北朝をはじめ、歴史小説を読み続けていこうと思います。

巻末の森茂暁さんによる解説をご紹介して前半の締めとします。

北方の歴史小説では、おどろくほどこうした史実が正しく踏まえられている。鎌倉末期から南北朝時代におよぶ長い期間の歴史的事実をきちんと押さえたうえでのストーリー展開となっている。(中略)人名といったような厄介な固有名詞の訓みも、きちんと学界の通説を踏まえている。

北方氏の歴史小説は史実に基づいて描かれているので南北朝の混沌とした時代をもう一度勉強したい、詳細に知ってみたいという方にもお勧めできる作品です。

楠木正成(下)』北方謙三・著 中公文庫

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

  • 作者:北方 謙三
  • 発売日: 2003/06/24
  • メディア: 文庫
 

以下、ネタバレを含む内容ですので、ご自身で楽しみたい方はここまででお願いします。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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南北朝時代を、後醍醐天皇を良く知りたいと思って北方謙三氏の南北朝をテーマにした歴史小説シリーズに手を出し、一番良く知る名前だという理由で『楠木正成』を手に取りました。

結果的に、これは良い選択だったと思います。

もう一度巻末の森氏の解説を引用します。

北方は、平成元年九月に『武王の門』(上・下)を新潮社から上梓したのを皮切りに、『破軍の星』(集英社、平成二年十一月)、『悪党の裔』(中央公論社、平成四年十一月)、『道誉なり』(中央公論社、平成七年十二月)の諸作品を次々に上梓した。本書『楠木正成』(中央公論社、平成十二年六月)はそれら一連の「北方南北朝」の掉尾を飾る作品であり、集大成としての位置にある。

北方南北朝を知るのにもってこいの作品だった、ということですね。


楠木正成(下)』は、全体を通して主に三人の立場から描かれています。

悪党として大塔宮(後醍醐天皇の息子、護良親王)を担いで蜂起した楠木正成の立場

正成を間接的に助ける意図をもって単独で六波羅を攻め続け、武士である足利高氏にあっさりその功を掠め取られてしまう悪党 赤松円心の立場

幕府に反旗を翻すなかで巡り合わせで権力の真ん中に立つことになり、その後の日本の未来を考えることになる武士の棟梁 足利高氏(尊氏)の立場

後醍醐天皇に代わって倒幕運動の根回しをした大塔宮(護良親王)は正成の戦いの中で出てきて共闘しますが、その後自分の父親である天皇に殺される形で無念の最期を遂げます。


それぞれの立場について、本文を引用しながら印象に残ったことをお話しします。

まずは楠木正成の立場

【書評】『楠木正成(上)』正成と護良親王、運命の出会い - ぼくはこう思う、みんなはどう?で個人的に面白いと思ったことの一つとして、正成が非常に商人的な性格を持っている、ということを挙げました。

下巻でもその商人的な考えが大いに役立ちます。


最も生かされたのが千早城の戦い

千早城の戦いは、現在の大阪府の南東にある千早赤阪村での戦い。

f:id:hundreds_of_works:20200311033711g:image出典:村の紹介/千早赤阪村

平野に構えた前衛の城と山城の二段構えで十数万の幕府軍を迎え撃ち、三ヶ月にも及ぶ篭城の末、正成軍たった五百人で幕府軍を撤退させた大金星をあげた戦いです。

商いの勝負はな、どうやって相手の懐を空っぽにしてしまうかなのだ。銭がない、物がない。相手をそんなふうにしてしまえば、商いでは勝てるのだ。あくまで、商いだが。

商いで培った考え方や方法を戦に応用するという発想は、幕府の御家人では決して思いつかないものだったでしょうし、だからこそ千早城での篭城では幕府軍十数万を撤退させることができたのではないかと思います。

「悪党は、すぐには決起しません。そこに利がある、と見た時にはじめて立ちます。幕府に守られているわけでも、領主に守られているわけでもないのです。負ければ滅ぼされるしかないのが、悪党でございますから。」

「私に見える、幕府軍の最も弱いところです、大塔宮様。少ない軍で叛乱を鎮圧する自信がない。負ければ、さらに叛乱が拡がりますので。大軍で圧倒するという方法しか、幕府は持たないのです。しかし大軍なるがゆえに、京に長く留まらせておくのは、負担が大きすぎる。まずここだ、と私は思います。」

御家人には持ち得ない商人的な考えに加えて、幕府軍の機動力のなさや大軍ゆえの小回りの悪さに着目した正成の的確な分析力も大金星の要因の一つと言えます。

兵衛はほかに、馬借の動きを把握している。馬借そのものは、それぞれの頭の指示で動いているが、頭に指示を出していたのは正成だった。

京に入る荷が、特に増えているという兆候はなかった。京の物流は、淀川が中心であり、そこだけは六波羅の管理も行き届いている。山崎には馬借や船頭が集まる場所があり、菅生忠村が商人の身なりでそこに紛れこんでいた。兵衛と忠村の二人で、正成の代りをしているのである。

電話やインターネットのない当時では、物流こそが情報の要

人が動き、荷が動くその流れを読むことで、人や組織がどういう思惑を持っているか、次にどのような行動に出ようとしているのかを読むことができますよね。

商いとしてその物流をおさえていた正成に分があることは間違いないと思われます。


商人的な性格・高い分析力・幅広い情報収集能力を持った正成がいかに型破りで、優れた武将だったかを知ることができます。

自分のことだけを考える。それが人の常だとしても、時勢の流れを見つめれば、自ずから動きは変わってくるはずだ。いましか見ていない者が、多すぎる。

結果的には大勝利を収めた千早城の戦いですが、地平まで拡がる十数万の軍を相手に楠木軍が五百というあまりに少ない軍勢で千早城で篭城し続けて半年経ったときの正成のくやしさの滲み出る独白です。

護良親王、ひいては帝を担いで自分が蜂起すれば、悪党が十万は集まると思っていたにもかかわらず、各地で挙兵した悪党はたった五千。

自分の見通しの甘さを悔いているとも、悪党の未来を見据えずに現状に甘んじている各地の諸悪党を嘆いているともとれる思いの一端を垣間見ることができました。

 

次に赤松円心(則村)の立場

「いい馬に乗っているではないか。私の駄馬と交換せぬか。播磨の交通料と思えば、安いものであろう。」二頭の馬も、見ただけで駿馬だとわかった。しかも元気がいい。(中略)この駄馬の恨み、俺は忘れぬ」

これは播磨を治めていた円心のセリフで、一刻を争う状況で疲れた馬に鞭打って駆けていた正成に駿馬を提供する場面で現れて発されたものです。

疲れた馬の代わりとなる生きのいい駿馬と、正成にとって有益な情報を提供するとともに、円心がそう遠くない未来に播磨から蜂起する覚悟を正成に見せたワンシーン。

そして、言葉少ない中で交わされた二人の絆を感じることができた素敵なシーンです。"これぞ、漢(おとこ)"って感じですね。

 

言葉少なに交わされた二人のやりとりからしばらくして、情勢を見続けていた円心が挙兵。

河内で十数万の幕府軍相手に踏ん張り続ける正成と時を同じくして、赤松円心軍三千で幕府軍一万五千を敗走させる大活躍を見せます。

しかし一方で、円心は十三度も六波羅探題(京都)を攻めるも攻略できません。

六波羅も落とせずして、自分になんの価値があるというのか。なんのために、自分は秋(とき)を待っていたのか。

円心が動き出してからが、倒幕のための役者が揃ってついにクライマックスだ、と高ぶるものを感じました。

 

赤松円心と会った。

「済まぬ」

円心は、そう言った。なにが潰え、どんな夢が消えたのか、それだけでよくわかった。

赤松円心が、信貴山へ登った。

そこでようやく、大塔宮の入京が決まった。征夷大将軍が条件であった。

入京の軍勢は、きらびやかなものだった。先頭に赤松円心がいたという。円心は、なにかを捨てた。正成は、そう感じた。そして別なものを目指しはじめている。それは、大塔宮による、武力の統一などではない。

足利高氏が倒幕側についたことで正成・円心側にとって事態は好転します。

しかし、悪党のみの力で倒幕することに意味があったこの戦いに、武士の象徴である高氏が参戦してしまったことで、自分の戦いに意味を成さなくなったという無念さ。

そして、それまで赤松軍のみで十三度も攻め続けて崩れなかった六波羅探題が、高氏の反旗によっていとも簡単に崩れた。

そのあっけなさも相まって、このときの円心の心境は、失望や幻滅といった一言では片付けられないあまりに深く複雑なものだと思います。


最後に足利高氏(尊氏)の立場

元々「高氏」という名前でしたが、倒幕の功労で後醍醐天皇の名前の「尊治(たかはる)」から一字授かって「尊氏」になりました。

前述した円心が六波羅を攻略しきれずにいたときに、その円心討伐のために鎌倉から来た高氏が反旗を翻して六波羅探題を倒してしまいます。

おいしいトコ取り、まさにごっつぁんゴール

足利高氏が、丹波篠村で、反幕の旗を掲げたのである。

源氏が、平氏である北条家に反攻する。その知らせでもあった。

足利高氏が倒幕の旗を掲げた瞬間、武士の勢力と悪党の勢力の対決という、正成が、大塔宮が、円心が思い描いた倒幕のかたちは、崩れ去ったのである。

あとは、倒幕という行為があるだけだった。

足利高氏の登場によって、正成や大塔宮が思い描いた倒幕は骨抜きにされ、悪党の未来に意味をなさない形に終わってしまいました。


楠木正成(下)』を読んで初めて知り、中高の日本史では埋もれた、でもぜひ紹介したい人物がいます。

阿野廉子(あののれんし)です。

f:id:hundreds_of_works:20200311040407j:image出典:Wikipedia

後醍醐天皇の側室でありながら大きな寵愛を受け、後醍醐天皇隠岐への島流しにも、比叡山の篭城にも、吉野に南朝を開いたときにも同行した女性。

ただ、この阿野廉子が曲者。

元は後醍醐天皇中宮(奥さん)の禧子(きし)の侍従の身分でしたが、禧子を押しのけて後醍醐天皇の寵愛を一身に集めるようになります。

また、自分が産んだ子どもを世継ぎにしたいが為に建武の新政においてあれやこれやと口を出す、超上昇志向の女性なのです。

阿野廉子と取り巻きの公家、僧などには三度目の餌を与えておきました。(中略)大塔宮が皇太子を狙っていると、あの女狐には吹きこんでありますし」

阿野廉子は、自分が生んだ子に帝位を継がせたい一心であり、帝は大塔宮が力を持つことを好んでいない。二人とも、国などという考えとはまるで無縁な利己心で、大塔宮を排除しようとしているのだった。

朝廷の中に、大塔宮の敵がいる。最大の敵が、阿野廉子だった。わが子を皇太子にするために大塔宮が邪魔だと、ひたすら信じ続けているようだ。それを吹きこんでいるのが高師直で、つまりは足利尊氏なのだ。

尊氏は自分やほかの者の恩賞などそっちのけで、大塔宮の力を削ぐことだけに腐心してきた。帝に影響力を持つ、阿野廉子に露骨なほどの工作までして、いま大塔宮は力を失いつつある。近日中に、征夷大将軍も召しあげられるはずだ。

高師直という足利尊氏の執事のサポートのもと、尊氏は政治力を発揮して自分の思うように朝廷をコントロールしてしまいます。

その一環で、尊氏は阿野廉子の超上昇志向な性格もうまく利用したんですね。

【書評】『楠木正成(上)』正成と護良親王、運命の出会い - ぼくはこう思う、みんなはどう?で疑問に思った「真っ当な国家論を語る配下を持ちながらなぜ倒幕後の後醍醐天皇は失政したのか」ですが、この小説を読む限り、この阿野廉子の関わりが大きかったのではないか、と思いました。

 

もし、新田貞義が鎌倉で幕府本体を倒してそのまま居座り続けていたら、武士の棟梁として貞義のもとに全国の武士が集まり、尊氏に権力が集中することがなかったかもしれない

もし、倒幕後に大塔宮が出家することで権力には興味が無いというポーズを見せ、帝の失政を嘆く民の声に応じて再度還俗していたら、大塔宮や正成が目指した理想的な倒幕の形を成せたかもしれない。

歴史に「もし」はありませんが、その「もし」を考えたくなる場面、国を想い、民を想う心を持った人たちの打ちひしがれる場面が描かれるたびにそんなことを考えてしまいました

 

下巻の感想としては以上です。

本書では、日本史史上最大の兄弟喧嘩 観応の擾乱南北朝合一までは描かれず、さらには楠木正成の最期で有名な桜井の別れ湊川の戦いも描かれていません。

九州に敗走した尊氏が持明院統の錦旗を掲げて西日本各地の武士を集結させ、再び京へ目指す動きを見せる中で、そう遠くない未来に尊氏軍を迎撃しなければならないという思いを持ちながら、河内で最後の穏やかな日を過ごすシーンで終わります。

映画のラストカットを観るような終わり方で、読み終えた人に余韻を残す素敵な終わり方です。

その余韻に浸りながら本書評の締め。

この作品の描かれた通りではないにしろ、700年近く前の日本ではこんな人間ドラマがたくさん繰り広げられていたんだろうなと想像し、そこには我々が「歴史のもしも」を考えたくなってしまうようなくやしさや無念さを胸に亡くなっていった大勢の人が確かにいたということを考えさせられる作品に出会うことができました。

北方謙三作品にハマりそうです。

 

今日はこのへんで。

ではまた。

 

最後に。

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楠木正成(下)』北方謙三・著 中公文庫

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

楠木正成〈下〉 (中公文庫)

  • 作者:北方 謙三
  • 発売日: 2003/06/24
  • メディア: 文庫
 

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 ◆目次◆

楠木正成(下)』

第四章 遠き曙光

第五章 雷鳴

第六章 陰翳

第七章 光の匂い

第八章 茫漠

第九章 人の死すべき時


解説  森 茂暁

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